駄文を弄する

おすすめの小説を中心に紹介しようと思っていましたが、脳内がとんだカオス状態なので内容もそうなっています。

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お江戸日本橋亭 「お江戸deハナシをノベル!! vol.3」

2012/07/16/月/03:47
新日本橋で「お江戸deハナシをノベル」夜の部を観てきましたよ。一人で。一人で落語の寄席に行ったからって僕には友達が少ないとか、彼女がいないとか、友達がいないとか、友達がいないとか、そういった類いの邪推をする人があるだろうが事実無根である。誠に遺憾に思う。大体、貴方がたに人の事が言えるとでも思っているのですか? ……言えるのですか。そうですか。私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い。ご存知ですか? これを「八つ当たり」と言います。

さて、知らん人の為に簡単に説明すると、小説家が新作落語を書き、それを寄席で噺家が演じるという落語会がこの「ハナシをノベル」。元々が上方の催し物なので今回東京で開催されたから「お江戸de」が付いているのですよモナミ。というか、江戸ではまだ三回目らしいですぜ。

僕が観た演目は以下の通り。

『真説七度狐』(作:田中啓文) 月亭八天
『おたのしみ』 柳家一琴
『百物語』(作:牧野修) 月亭八天
 仲入り(休憩)
「トークでノベル!!」 田中啓文、牧野修、我孫子武丸、森奈津子、浅暮三文
『正直課長』(作:森奈津子)


演目を見れば分かると思うが、生小説家が、生出演する、生落語会。ええ、なまなま言い過ぎました。雀の涙ほどなら反省します。

まあ、生小説家だけでもテンションが上がる。が、何を隠そう僕は落語が好きだ。「のざらし」に「ろくろ首」、「時そば」は勿論のこと、「首提灯」やらその他諸々。ただし、全部江戸落語だけど。

うん、そうなんだ。僕は江戸落語しかまともに観た事が無い上に、全部カセットテー……、カセット? オイラ平成生れだから分からねぇや、ゲフンゲフン。CDだのDVDだので聴いたり観たりで寄席には行った事がない。なので、これを機に寄席に行こうじゃあないかと思いましてね。ええ。で、ちょちょいと行ってきましたぜ。

朝から夕方まで新宿で詮方なき用事があったせいで、新日本橋駅に中途半端な時間に着いた。18時開演なのに駅に着いたのは16時15分程という微妙な時間。まあ、故意に早く行った部分もあるけど。喫茶店にでも入ってまったり本でも読んでようかと思った次第で。因みに読んでいた本は『アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風』。

で、寄席の受付に着いたのが17時35分ぐらい。にこやかにパンフレット配ってるおっさん(失礼な事言ってすいません)はどっかで見た事あるなぁ、とか思いながら受付で料金払ってマジマジと見てみると、小説家の田中啓文さんに瓜二つでえらくびっくりした。やや硬直しながらパンフを受け取って、靴をもたもたと脱ぎながら(寄席が土足禁止と知らずアホみたいに革のブーツ履いてた)世の中には滅茶苦茶似ている人もあるものだなあ、と放心。

そんなこんなで無事に会場入りし、待つ事少々……いや、中々。こういう時ってやけに時間の経つのが遅い気がする。貰ったパンフレットを丹念に読みながら待ってたら出囃子が鳴り出して幕が上がった。

『真説七度狐』(作:田中啓文) 月亭八天

これはもう題名通り。上方古典落語の『七度狐』を元に田中啓文さんが書いたもの。古典の方は一度ひどい目に合わされたら七度相手を化かすという執念深い狐の噺だが、真説の方は……。

この噺をやる前に八天さんは「まくら」の尺を長く取っているように思えた。多分、普通の寄席と違って前座がいないからだと思うが。上方落語と江戸前の違いや、道具の説明を面白おかしく語るのでぐいぐいと引き込まれていく。

古典の『七度狐』を観た事はないが、真説だけでも古典がどんな噺かは想像が付くような語り口で、知らなくても笑った。「ああ、成る程。古典は一回で七回仇を返すのか」と。ゲラゲラ笑ってるうちにあれよあれよと終わってしまった。因みに、この記事はWikipediaことウィッキーさんに『七度狐』の事を聞いてから書いた。古典の方はどんな塩梅かと思いやしてね。それと、ウィッキーさんはツイッターで誰かが言っていたのをいいなと思ってパクリ申した。

『おたのしみ』 柳家一琴

この「おたのしみ」はタイトルじゃなくて、見ての「おたのしみ」って意味。

演者が交代して柳家一琴さんに代わった。この人は江戸落語の人で、東京でやるなら江戸前落語があった方がいいだろうってんで、東西交流で付き合いのあった柳家一琴さんが呼ばれたとの事。

噺のまくらは人間ドックの話だった。そこからスムーズに演目の『目薬』に移行。

目を患った大工がかみさんに目薬を買ってきてもらうのだが用法を読み違えて……、という噺。

この噺は前に観た事があったが、内容をスコーンと忘れていたので『七度狐』と同じように純粋に楽しめた。やっぱり、内容を知ってる演目は初見の時のように楽しめないからナイス・マイ記憶力と快哉を叫びたくなる。普段は逆でいいけどな。

途中にあった伏線でオチ自体は割りと早くに分かってしまったが、この人の顔芸と動き、というか間の取り方だろうか、が一々ツボに嵌ってゲラゲラ笑いっぱなしだった。この「来るぞ来るぞ」と分かっていても笑ってしまう所が上手いって事なのだろうか。とにかく面白かった。

そして、柳家一琴さんが退場すると、照明が急に落とされ、演台には蝋燭型の照明が置かれ始める。何事かと思ったが、「ああ、そうか。次は例のアレか」と納得。

大幅な舞台転換が行われ、次の噺『百物語』に移行。

『百物語』(作:牧野修) 月亭八天

正直、今回の演目でこれが一番気になっていた。だって、ツイッターの感想を見たら「いやな話」とか「いや~な話」とかしかなかったから。僕は「またまたぁ、どうせフリでしょ? いやな話詐欺でしょ? 知ってんだから。落語でそんないやな話する訳なかろうもん」とか思っていた。ええ、いましたとも。

その作家がどういう本を書いていたのかという事を、僕は愚かにも忘れていたんだ。

えー、個人的に好きなオチですが一切のコメントを控えさせて頂きます。
一つだけ言えるのは、「いやぁ~な噺」って事だけだ。みんなは間違っちゃいなかったんだ。

仲入り(休憩)

何故かカラカラに喉が渇いていたからお茶でも買おうと扉を開けたら、浴衣に眼鏡のおっさん(失礼な事言ってすいません)がデーンと立っていた。

我々はその眼鏡を知っている。いや、その浴衣のおっさんの名前を知っているっ!

とか頭の中に妙な語りが流れてきたので、じっくり見てみると小説家の我孫子武丸さんと大変似通った面差しをしている事に気づいた。あまりにも似ているせいでビックリして動きが止まってしまい、便所に行こうとする人にぶつかってしまった程だ。振り向いた時には姿がなかったので僕は幻を見たのかもしれない。と、その時は思っていた。

水を買って会場に戻ると、そこにはまたも我孫子さん似の人物が。やはり、幻ではなかったのだ。彼は会場の一番後ろから場内を睥睨しており、僕は恐ろしくてまともに見ることも出来ずに顔を俯けてそそくさと席に戻った。

そして、あまりの視線の強さに僕の繊細な神経が耐えられなくなり、意を決して恐る恐る後ろを振り向くと……、そこにはもう、彼の姿はどこにも見当たらなかった。あれはドッペルゲンゲルというやつだろうか。何か非道く理不尽で恐ろしいものの片鱗を味わったような気がした。

はい、調子に乗りすぎました。御免仕ります。

「トークでノベル!!」 田中啓文、牧野修、我孫子武丸、森奈津子、浅暮三文

記憶に残ってるタイトルは「作家のグダグダトーク」だったりする……。まあ、いいか。当然僕はこれも楽しみにしていた。今回の作家さんたちの本は一冊以上読んでいるし、特に我孫子さんのは殆ど読んでいると思う。いかで楽しまいでか。

舞台上には向かって右から、我孫子武丸、田中啓文、森奈津子、牧野修、浅暮三文と並んで座り、一礼と万雷の拍手と共にトーク開始。始まってすぐに田中啓文さんが牧野さんに対して「いやな話」の突っ込みを入れたのに笑った。

トークはグダグダでそれが面白かったのだが、曰く、「昼はもっとグダグダでヤバかった」らしい。今回は随分ラッキーだったとの事。今回初めて行ったので比較対象がないから分からないけど、多分僕を含めて小説家のファンが多いだろうから充分楽しんだんじゃないかと思う。

作家トーク終了後、森奈津子さんが座布団を抱えたまま客席にえいやと降りてきて最前列左端にそのまま座り、場内からクスクス笑いが。何かネコみたいで可愛い動きだった。

『正直課長』(作:森奈津子) 月亭八天

これが一番笑ったかもしれない。課長が出てくるたびに始終ゲラゲラ笑った。

題名の通り、嘘がつけず、また誰の嘘をも許さない、見た目だけイケメン課長(社長のご子息)が巻き起こす珍騒動の噺。

作家トークの流れで作者の森奈津子さんが陣取ったままの始まりとなった。そして、この噺は初っ端から波乱含みで、八天さんが話し始めてすぐにセリフを「忘れた」と言って突っ伏した。場内は当然爆笑。僕も爆笑。みんな爆笑。

思わず、森奈津子さんの後ろドたまをガン見してしまった。が、暫らくして立ち直った八天さんに再び拍手して仕切り直し。上記のように課長に始終ゲラゲラ笑っていたが、いかにも森さんらしい最後の展開に「ああ、やっぱりか」と思ってニヤッとした。

終演

さて、これにて終演となって外に出たら、なんとまあ作家さんたちが外に出て見送ってくれているじゃあないか。受付でわざわざパンフレット持って出迎えてくれた田中啓文さんといい、かなり粋な事をするなぁと思った。俺、軽く感動。

で、当然のように始まるプチサイン会。

ああ、皆さん著作をご用意で。はい、予想外でした。いや、事前情報とか見てなかったもんでこんな粋な演出があるとは露知らず。僕は結局作家さんに声も掛けずに帰りましたとさ。どうせなら次の機会に著作持って行こうかと思って。それでも「面白かった」「楽しかった」ぐらいは伝えてから帰りゃよかったなと少し後悔。

いや、大変面白かったのでそれすらどうでもいい気分だけど。また行きゃいいし。それから、普通の落語会にも俄然興味が湧いた。今までDVD等のテレビ画面でしか観ていなかったからよく分かるのだが、生で観るのは全然違う。

照明の明るさや音の伝わり具合が生み出しているのか、会場には一種独特の空気感があって、それは画面越しでは絶対に感じる事が出来ないように思う。音楽のライブとかと一緒で、落語って娯楽は会場に足を運んで、生でその感覚を味わい、他の客とゲラゲラ笑いながら観るのが一番いい気がする。

コメント

2012.07.16.Mon

作家さんを絡ませてのこんなイベントがあるんですね。
さすが江戸だと、かっこ良く思いました。

動いている人を見て、作家さんだと分かることにも感心しています。
写真一枚(しかも大抵古い)のイメージが、頭の中で固まっているから、じっとしてくれないと見つけられない気がします。

そうか、ウキペディアにいるのはウィッキーさんだったのか。
なんで今まで気が付かなかったんだろう。
とても気に入りましたので、これからは「検索」ではなくて、「ウィッキーさんに聞いてみよう!」の気持ちで暮らすことにします^^
2012.07.16.Mon

ごろちゃんさんへ

この落語会、大阪だと隔月でやっているらしいですよ。
羨ましい事に。江戸落語の人も参戦して欲しいものです。

僕は観察能力が皆無(特に夏は)なので、
今回は浴衣姿で目立っていたおかげですぐに分かりました。
町で作家さんを見かけても気付かない気がしますね。
それ以前に顔を知らない人が多いですが……。

誰が言ったのか、ウィキペディア事、ウィッキーさん。
朝にちょっとした英会話を教えてくれそうな名前です。
僕も最初に見たとき「これだ!」と思いました。
何が「これだ!」かは今もって不明です。自分の心というものは分からないものですね。

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